東京高等裁判所 昭和40年(う)673号 判決
被告人 朴碩柄
〔抄 録〕
次に各所論は、警察においては黄允光の取調によつて被告人が偽造免許証を同人より買受けていることが判明しているのであるから、警察は被告人に対し当該免許証を任意提出させるが、又は差押をなすべきであつて、わざわざ張込をしてまで被告人がこれを携帯して自動車を運転するのを待機するが如きは、結局警察が被告人をして犯罪を誘発せしめたものというべく、刑事訴訟法の基本理念に反する違法な捜査手続であつて、いわゆる「おとり捜査」というべきである。かかる違法な手続により作成された捜査記録はすべてその効力がなく無効であると主張する。原審証人松本照雄、同清水幸之輔の供述記載によると、川崎警察署においては昭和三十九年二、三月頃免許証偽造の疑で黄允光を逮捕し、その取調中に同人は偽造免許証を被告人外数名のものに売渡した事実が判明したので、その裏付捜査並びに被告人が事実買受けたか等取調のために被告人方附近に張込をしたことは、これを認めることができる。なるほど被告人の人権を保障しなければならないことは洵に所論のとおりであるが、前記清水幸之輔の言うが如く、仮りに黄允光の取調により偽造の事実が判明したとしても、人権擁護上被告人が果してその偽造免許証を所持するや否やは運転した時にでも質問しなければ確認出来ないので、そのような方法をとつたというのであつて、又仮りに所論の如き方法をとることが適切な場合があつたとしても、それをしなかつたからとて直ちに違法であるとはいえないし、又本件において警察官が犯人の犯意或は実行行為そのものに関する意思決定を左右するが如き言動をなしたものではなく、犯罪の企図を有する犯人がその実行するのを待機したに過ぎないか如き場合には、その捜査手続を以て犯人の基本的人権の保障に欠けるものありとか又は犯人としての尊厳を侵犯したものともいえないものと解するから、本件において警察官の捜査手続に所論の如き違法があつたものとも認められない。従つて本件捜査記録はすべて有効のものであつて、所論の如く無効であるとの論旨は採用し得ない。
(三宅 石田 寺内)